LED 照明ノーツ 14 ver1.1
レンズを使う 1
理想的な像点
今回からしばらく、照明系を形成するときに光学的には最も重要な要素と成るレンズ、
いはミラーの光学的性質、使い方について、“分かり易いシリーズ”としてできるだけ簡潔
に説明させていただきたい。今回はその初回として、レンズの、そもそもの結像性の訳、
その性質を定量的に表現するために必要な、理想像点についての解説をさせていただく。
1.レンズとは?
レンズには、光を集める、あるいは広げる力がある。集めるものを凸レンズ或いは正レン
ズ、広げるものを凹レンズ或いは負レンズと呼ぶ。
これらのレンズは単独で使われたり、何枚も組み合わされたりして使われるが、ここでは
今しばらく単独で存在する正レンズについて考えよう。
結局はレンズとは屈折率が空気とは異なる透明な材質の表裏面を曲面に加工したもので
あり、一般的には回転対称性がある(レンズの回転対称軸を光軸と呼ぶ)これは 17 世紀以
来、機械的な回転運動によりレンズを研磨してきたことに依る。屈折率が低い側に対して凸
の面が光を集める力があり(正の面)、屈折率が低い側に対して凹の面は光を広げる(負の
面)(図1)。曲面は多くの場合単なる球面であるが、場合によっては、球面から少しはずれ
た形状をとることもある(非球面)。何れにしてもこの回転対称軸が存在することは光学設
計理論には重要な役割を果たす。
屈折率 1<屈折率 2 屈折率 1<屈折率 2
光軸
さて、屈折率とはレンズの材質(硝材とも言う)の性質を現す重要な数字であり、読んで
字の如く、光の曲がりやすさを表す。また別の表現をすれば、光の、その媒質における速度
を表現する数字でもある。屈折率 1.5 の媒質においては、同じ厚さの空気層(屈折率 1.0)
を光が通過する場合に較べて 1.5 倍時間がかかる。
ところで、実際の光学ガラスメーカのデータにおいては、この様に屈折率は、媒質中と、
空気中との速度の比なのであるが、真空の屈折率を、空気中を 1.0として示せば、0.9997
である。従って、結像性能を安定化させるための、光学ガラスの屈折率のカタログ一般公差
は±50×10-5 程度なので、真空で用いる光学系を設計する場合には、留意しておく必要があ
る。
2.なぜ光を集められるのか?
光の進む方向を示す多くの線の集まりと考える。この線を光線と呼ぶ。光線の出発点Aと
通過点Bが決まっているとき、フェルマーの原理に拠れば(図2)、
屈折率 12
A
P
光線は、考えうる経路のうち、時間の極致で達する経路、多くの場合、一番早く到着する
経路を通る。レンズで像が結んでいるような特別な場合を除き、その経路(光路と言う)
屈折率境界の形状と 2点A,Bの位置が決まれば、一つしかない。(言うまでも無く全く均
質な屈折率の媒質中を進む光は最速な直線の経路をとる。)つまり境界面への入射点 P はた
だ一つに決まる。
換言すれば、出発点とそこから光線が進む方向が分かれば、境界面を経て、どの方向に進
むかは一つに決まってしまう。この理屈により、光線は運命的に境界面で曲がることになる。
これを屈折と言う。この屈折という現象は皆さんよくご存知のスネルの屈折則として定式
化されている(図3)。
2211 sinsin
nn
ミラーにおける反射の場合には
θ
1-θ2
として、方向は逆であるが同じ絶対値の角度で反射する(スネルの反射則)。境界面に対し
て垂直な方線に対して上記夫々の角度θを光線から計る。入射前が θ1であり屈折後が θ2
である。
n
1
n
2
は境界面前後の屈折率である。例えば空気であればだいたい 1、光学ガラス
であれば 1.4 から 2.0 程度である。また、面法線と入射光線が形成する面は一つに決まる
が、スネルの法則によればそこから屈折、あるいは反射する光線はこの面内から飛び出るこ
とは無い。
A
y
n1
レンズのように境界面が曲面の場合には、上記境界面を入射点 Pに接する平面として考
えればよい。特に球面の場合には簡単で、図4にあるように、球の曲率中心 OPを結ん
だ直線は自然と Pにおける接平面と直交しているので、これを(1)式における法線とす
ればよい。
また、例えば、空気とレンズ面との境界面における屈折を考える場合には、
n
1
1であ
る。
n
2
は小さくても 1.5 程度であるので、(1)式を成立させるためには
21 sinsin
つまり
21
となる。
従って図4にある様に、上で触れた、正の面に光軸に平行な光線が入射することを想定す
ると、屈折後の光線は入射光線と較べてより、光軸方向に向くと言うことが分かる。これは
光が集中していく傾向である。また、レンズの上の方に入射する光線は光線に対し入射接平
面が倒れて、入射角が大きくなるのでさらに屈折光線は手前に曲がることになる。これをコ
ンピュータでスネルの屈折則を利用してきっちりと計算したのが図5である(光軸に平行
な光線群では無く、物点Aから放射している光線を描いてあるが)。明らかに光の集中の傾
向が現れている。
この様な現象を、光の進み方をコントロールすることに利用しようと試み、レンズと言う
光学素子が考えられた訳である。
3.収差
θ
1
A
B
O
P
θ
2
n
n2
図4 球面におけるスネルの屈折則
図5 一つの屈折面による屈折、そして収差の発生
A
図5をご覧いただければ一目瞭然であるが、光の集中の傾向は確かに現れていて、かなり
エネルギーの集中の高そうな点も存在はしていても、どこに集まっているか?と考えれば
かなり混沌とした状態になっている。それぞれの光線は全て光軸方向に曲がってはいるが、
その方向はかなりバラバラである。本来はどこかの一つの場所に光が集まることが効率か
らすると理想である。また本来一点から出た光が再びフィルム上で一点に集光しようとす
る程度は写真などの画像の性質を考える上では大変重要に成る。この光線が一点に収束す
ることからのずれを収差と呼ぶ。結局、この収差を低減することがレンズ設計という仕事の
非常に大きな部分を占めている。
従って、こうした作業においては(或いは場合によってはレンズを使用するに際しても)
この収差というものを定量化しなければならない。具体的には基準座標、基準位置を設けて
光線通過位置の、そこからのずれを知ることが必要になる。その基準位置となるものが理想
像点、というものである。
4.理想的な像点
図5を良く見ていただくと、光軸のそばを通過する光線は、境界面で僅かに屈折した後、
光軸上の殆ど同じあたりを横切っていることが、なんとなく分かる。光軸のそばにどんどん
近くなるように光線を発射させれば、ある位置に、この光軸と光線のクロス点は収束してい
く。これが理想的な像点である。軸に近いところ(近軸領域)の光線で定義されるので近軸
像点と称される。これが収差を計るための基準と成る。
実はこの近軸像点は(1)式を
2211
nn
(2)
として、光線の屈折を計算することによって簡単に定まる。なぜ、このような簡略化が可能
かといえば、sin
!5!3
sin
53
(3)
と続く多項式に展開できる。右辺の無限の項まで考えてはじめて右辺と左辺が一致するわ
けであるが、θが極小さい場合には右辺第一項で事足りる。つまり
sin (4)
である。従って上記の近軸領域の場合には、(2)式が成立する。
さてこの(2)式で光線の屈折を考えるとどうなるであろうか?
光軸の極近くのみを考えるのであるから、本来は球面であった境界面が、殆ど平面と看做
せることになる。これを考慮して、また、本当に光軸の極近傍のみの光線を描くと、非常に
長細い図になり見にくいので、光軸と垂直の方向に、図を引き延ばして (2)式の屈折計算結
果を図示すると図6(下側)の如くになる。
(1)式のスネルの屈折則で計算した混沌は無く、すべての光線は一点、近軸像点に集まっ
ている。これは(2)式を用いて光線の行く末を計算すれば確かめることができる。光軸の極
近傍の光の束(光束)を考えるということは、実は絞りを非常に絞った状態を考えているこ
とになる。ここで、光学系の回転対称性、光軸の存在が重要になるのであるが、光の量を調
整する、絞りは自ずと、回転対称性を保ち、回転対称軸に向かいその口径を閉じていく構造
が合理的である。従って、近軸領域の光束は、絞りの値が幾つであっても完全に閉じてしま
わない限り、常に存在していることになる。この様な近軸光束は近似ではなくて骨組みなの
である。
6 近軸領域における結像(下側)
A
A
回転対称軸
図7 絞りの設定位置
5.参考図書
1) 小倉敏布:写真レンズの基礎と発展(朝 日ソノラマ、東京、1995)
2) 高野栄一:レンズデザインガイド(写真工業出版社、東京、1993)
3) 松居吉哉:結像光学入門(JOEM、東京、1988)
) R.Kingslake,R.B.Johnson:Lens Design Fundamentals 2nd.edi.(Academic Press,Cambridge,2010)